〈すべての瞬間は君だった。〉の楽曲からイマジネーションを広げたショートストーリー。
第3弾の『なんか君のこと好きらしいよ』は、何でもない朝に巻き起こった大事件の一幕です。
朝連のない水曜日。本当だったらちょっとだけ寝坊もできるし、朝ごはんだってのんびり食べられるけれど、それはノーサンキュー。
いつもと同じく、ばたばた朝じたく。いつもと同じく自転車に飛び乗って、駅前の駐車場にかっ飛んで。いつもと同じ電車にすべりこんで、いつもの連結部ドアに背中を持たれて、ふうっとひと息。
われながらカンペキな朝のルーティン。得意顔でふふんと鼻を鳴らしてスクールバッグから鏡を取り出し、お顔をチェック。
――ええっ!?
鏡の中で目をまんまるにした私の顔の横から、あるべきじゃないものがぴょこんと顔を出していた。あわてて右手を耳の横に持ってくると、たしかな手触り。
「まずった……」
いつもよりちょっと手ごわかった今朝の寝癖。ミストとドライヤーで手なずけて、むりやりポニーテールにくくってきたけど、まさかのじゃじゃ馬。くるんと曲がって、小馬じゃなくて豆柴のしっぽみたいにあばれてる。
じっくりアイロンまでする時間はなかったから、でっかいリボンでおさえつけようとしたけど、今週あたり抜き打ちの服装チェックがありそうな予感。やめとこ、とあきらめたのが失敗だったみたい。
「今朝のネタ、提供しちゃうなー」
クラスメイトがどんなイジリをしてくるか……。そんなことを想像して、ぷぷっと笑いながら鏡をしまう。
朝連のない水曜日。いつもと同じ朝。今日も楽しい一日が待っている――
このときは、そう思ってたんだ。
混んではいないけれど、座れるほどではない朝の電車。
川を渡る橋の上、ガタンゴトンのひかえめな音がゴゴゴ……の轟音に変わるあたりでポケットからスマホを取り出し、親指でアイコンをタップ。けっこう当たる占いサイトで、今日の運勢を読み始める。
ふむふむ、と小さくうなずきながら目で追うのは、実は私のじゃない星座。世の中にはそれより大事なことがあるんだ。今日まで一度も役にたったことはないけど、気にしない。
ひととおり読み終えたら、こんどこそ私の番。良くも悪くもサプライズがある日……。ま、最悪なこと書かれていなかったから安心安心。
ちなみに彼のは「勝負の日」だって。なんだろう、別にテスト期間じゃないし、試合があるってわけでも……。
あれ? そういえば新聞放送部って、試合も朝練もないのに、どうしてこの時間に登校してるんだろ?
なんだかスルドい疑問がわいた気がした瞬間、「よっ」という声とともに私の右ひじがバッグでこづかれた。川をわたったら、すぐに駅に着く。ドアが開いて、いつものようにミィが私の隣に並んだ。
半年くらい前にウチのクラスに来た転校生。乗る電車が同じで、あっという間に仲良くなってほぼ親友。
かわいいし、面白いし、仲良くなる理由はたくさんあったけど、なんといってもオバケみたいなコミュ力。それに押し切られたというか飲み込まれたというか。
でも、ミィが来てから通学電車はおしゃべりづくしであっという間。ギガ減らすよりずっと楽しくて、ホントに感謝だ。
「なんそれー。どがんなっとっとー?」
いきなりツッコミ。半年もつきあえば、ぜんぜん抜けないどギツい方言なんてぜんぜんスルー。
「寝癖、ガンコすぎ。ウチ出るときにはストンとしてたのにさー」
「ヤっバいねー。貴重やけん、撮っとこ」
言うがいなや、パシャっとスマホでくるんポニーのアップを撮られた。こういうときのミィはとんでもなく素早い。カメラロールを確認し、ニタっと笑って見せてくる。
「見てー。犬のしっぽじゃない?」
「思った。おばあちゃんちの豆柴そっくり」
「あらー。おなか減っても噛まんでね?」
そう言って、二人で額を寄せあってくっくっくっと笑う。
いつもと同じ、なんでもない朝の風景。だけど今朝、それは――ミィの言葉で一気に風向きが変わった。
「この写真、新聞放送部に投稿ばせん?」
一瞬、時が、止まった。
頭の中がぐるぐる回転して、急に息が苦しくなって、何か言いたいけど、言葉が出ない。
「だ……ダメダメダメ、ぜったい! ダメ!!」
「ちょ、ちょーっと……」
どうにか声が出せたと思ったら、ほとんど叫び声。まわりの乗客の視線が一気に突き刺さり、あわてたミィとふたりで背中を丸めて小さくなる。
「ヘンなこと、言わないで……!」
こそこそとささやくようにミィをにらむと、彼女も口をとがらせる。
「だって、いま『大喜利のお題写真募集!』ってやっとーばい。これ、ぜったい採用されるでしょ」
「いーいの、余計なことしないで! ヘンなとこに出さないって約束しないと、その写真消させるよ!?」
「はーい、はいはい」
とりあえず、おとなしくスマホをポケットにしまったのを見て深いため息が出てしまった。まだ心臓がバクバクしてるし、手汗もヤバい。
「チャンスと思ったっちゃけどなー」
「……なんのよ」
唇をすぼめたまま、しれっとつぶやくミィの言葉に、なんとなく不穏なものを感じる。ついつい私の口調もぶっきらぼうになる。
「いつも二駅あとから乗ってくる男の子、わかる?」
ズキンと音がして、心臓のペースが上がる。手汗どころか、身体じゅうあちこちから汗が噴き出してるみたい。
「男の子……って、どの?」
しぼり出した言葉の白々しさに、ミィは気づいただろうか。ニブいようで意外と鋭い、でも肝心なところが抜けている、ヘンな子。まっすぐ顔を見ることができず、肩ごしの車内の景色に焦点を合わせてしまう。
「いっしょのクラスじゃないばってん、同じ学年の。ひょろっと背の高い子。わからん?」
「……あー」
あいまいな返事でごまかしながら、ドキドキは止まらない。いったいこの子は何を言いだそうとしているのだろう。
「こないだ、写真部に先月の大会の写真を取りにきたっさ。あの、ミコタマ?でやったやつ」
「二子玉、ね。総体予選」
「え? わたし、なんつった?」
「それはいいから、続き!」
使い古したプラレールより簡単に脱線する、ミィのおしゃべり。だけど今日ばかりは、この話だけは聞き捨てならない。ついつい口調が強くなる。
「んー。あのときウチらが撮った写真を使いたいからって。二、三人で来たなかに、あの子もいたっさ」
ミィたち写真部が撮った写真が、新聞放送部のウェブマガジンに使われるのはいつものこと。そっか、ミィたちは面識あるのか……。ちくっと感じたのは、ヤキモチなのかもしれない。
「でね。バスケ部の写真選んでたら、その子があんたの写真もセレクトしたから――」
「え? 私!?」
たしかにあの日、試合に出たけど、結果は惨敗。バレーとかテニスとか、記事にするなら勝ったほうじゃないのかな。
「ねー。だからわたし、バスケは負けましたよーって言ったっさ」
「――悪かったわね」
もともと強いチームじゃないから、負けたからといってそこまでショックじゃない。だからと言って、むし返されて気分がいいわけもない。そんな私のつぶやきを「まあまあ」と手でいなして、ミィの話はまだ止まらない。
「そしたら、勝ち負けよりも気持ちが伝わるいい写真ですよーってほめられちゃってー」
うふうふとうれしそうに笑うミィ。胸のちくちくが大きくなって、やっぱりヤキモチなんだと気が引けつつも、うらやましいなというのは正直な気持ちだ。
「そしたらね、別の新聞放送部の子がね、『そりゃあお前には輝いて見えるよなー』って」
「よっ」と肩掛けしたバッグの位置を直しながら、手ぶりもまじえて話すミィだが、私は半分上の空。そうか、写真部だったらそういうチャンスもあるんだな。部活って、チェンジできるのかな。ううん、バスケは好きだから、兼任とかっていけるんだろうか……。
頭の中がぐるぐるして、ミィの言葉が入ってこない。そんな私に、ミィがぐいっと顔を近づけた。
「でさ。あの子、どがんしてこの時間に乗っとっか知っとっと?」
「――えっ?」
「気になる人が乗っとぉらしいよ」
マンガだったら、「ガーン!」という字がでっかく私の顔の横に出現しただろう。
一瞬、世界が凍りついて、視界がおかしくなる。暗くなったのか真っ白になったのかも、よくわからない。
とにかく、いちばん聞きたくない言葉。毎日だいじにあたためていた可能性を消し去る一言。
「そう、なんだ……」
呆然とつぶやいた私は、かくんと首から力が抜けて、私とミィの爪先を見つめたまま動けなくなった。
なんだかもう、学校行きたくないな……。急に元気がしぼんでしまった私の視界で、ミィのローファーがひょいと近づいた。
「ニブかねえ、君は」
心底あきれたような顔で、ミィが私の脇腹をひじでつついた。
「バスケ部の、気になる子が、毎日こがん時間に乗っとっけん。だから用もないのに早起きしとるんよ」
――え? えっ!?
頭の中で、私と私がフル回転のおっかけっこをしている。
――それって、私のこと?
――ばか、うぬぼれるなって
――だって、だって……
アドレナリンばかりドバドバ出てくる堂々めぐり。とどめをさしたのは、やっぱりミィだった。
「なんか、君のこと、好きらしいよ」
耳から入った言葉が、脳じゃなくて心臓に届く。身体じゅうの筋肉が真ん中に引っ張られ、ぎゅっと縮んで痛いくらい。次の瞬間、どどどーっと洪水みたいに血が駆けめぐり、顔から手から、全身がめっちゃくちゃアツアツになった。
思わず大声が出そうになる私の肩を、ミィがぐっと片手で押さえる。
「ダメよ、おっきな声出しちゃ」
無言でこくこくとうなずく私。肩に置かれた手にぐいっと力がこもり、ミィが告げたのは――とどめの一言だった。
「ごめんばってん、たぶん両想いだよって言っちゃった」
「――はあぁぁぁっ!?」
出てきた声は、ほとんどかすれていた。緊張と興奮とうれしさと――あれもこれもが混ざると、人って声が出なくなるんだ。初めてそんなことを知った。
「だって、あんたも朝練ない日なのに、わざわざあの子と同じ電車に乗っとーばってん。バレバレよ」
手が、しびれる。足がふるえる。顔はぽっかぽかに真っ赤なのがわかるし、お風呂あがりかってくらいに全身汗でびしょびしょだ。
「てことで、今日あたり……。あの子から話があるんじゃなか?」
にっこり笑って私の肩をリリースしたミィは、バッグからハンディファンを取り出して私に風を送る。
でも、そんなんじゃあ私のほてりはおさまりようがない。
「好き」の確定まで、あと二駅。
もう! やっぱりリボンしてくればよかった――!!
